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小説 田舎行政書士 最終回

小説 田舎行政書士 離婚業務最終回
予定時間より、1時間早く、公証役場に到着。
公証役場に入ると、公証人は機嫌が悪そうだった。
前回は公証書案を見せてくれたが、今回はなし。公正証書案を手直しさせたのが原因らしい。
江尻が公証人に挨拶すると、公証人も不愛想にお辞儀した。
事務員が別な人になっていた。何かあったのだろうか。江尻は、関係書類を事務員に手渡すと、応対カウンターの近くにあるソファーに腰を降ろし、ガラステーブルの上に置いてあるパンフレットを読み始めた。
予定時間の10分前になって、ドアをノックする音がした。どうやら、依頼者が来たらしい。江尻がドアを開けると、素晴らしい美人が2人立っていた。
「どうぞ。」江尻は丁寧な仕草で2人を部屋に招き入れた。
「江尻先生お世話になりました。」まず、最初に依頼人が頭を下げた。
「この前は白ワインご馳走さまでした。」依頼人の娘と思われる美人が頭を下げた。
「白ワイン?」江尻は美人を見た。この前のクルージングで相席した美人だった。
「母親が一緒に。」と言うものですから。美人は再び江尻に頭を下げた。
「そうですか。娘さんでしたか。」江尻はあまりのことに、驚いた表情をした。
しばらくして、夫がやって来た。ロマンスグレーの長身のハンサムな男だった。
「この度は、大変お世話になりました。」ロマンスグレーの夫は開口一番、江尻に言った。
「こちらにどうぞ。」公証人が2人を面談テーブルに招いた。
ここで、ひと悶着が起こった。
「娘を同席させたいんですが、駄目ですか。」依頼人は不安げに言った。
「同席は許されません。」公証人はきっぱりと言った。依頼人は諦めて面談テーブルの椅子に座った。
「実は、江尻先生と離婚交渉のメールやりとりをしていたのは、母親ではなくて、私なんです。」母親以上の美人の娘はバツの悪そうな顔をして江尻に頭を下げた。
「そうですか。女性官僚のあなたが・・・」江尻は驚いた顔をして美人の娘の顔を見た。
ひと悶着の原因は、母親が娘に離婚交渉をまかせていたからだった。
「母親は、江尻先生との離婚交渉を私に任せていたんです。だから・・・」娘は面談テーブルにいる母親に心配そうに目をやった。
とにかく、公正証書を公証人が読み上げ、依頼人と夫が実印を押すという儀式は無事に終了した。離婚成立である。
事務員が江尻に親指を立てて見せた。
「支払いのほうはどうしますか?」依頼人が帰り際に言った。
「そのうち、請求書だしますから。」江尻は咄嗟に言った。
「俺は、白ワインの美人と交渉していたわけか。」思わず、江尻の心の中に笑いが込み上がった。(完)

2019/12/26