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小説 田舎行政書士

小説 田舎行政書士
「江尻先生の作成した申請書は、いつ見ても素晴らしいです。」農業委員会の農地転用担当者が尊敬するような眼差しで江尻を見た。
「そうですか。でも、譲渡人と譲受人の住民票を添付していないのが気になるんです。」江尻は収受印を押した副本の申請書を受け取ると言った。
「なるべく、申請者に負担をかけないというが、市の方針なんです。」担当者はこともなげに言った。
「そうですか・・」江尻は一抹の不安を感じながら言った。
「俺の申請書は、担当者の言うとおりそんな素晴らしいのだろうか。」かつて、自分が君臨した官庁街を歩きながら、江尻は、ふと、思った。
「担当者が俺をほめちぎるのは、かつての俺の栄華知っているせいなのかもしれない。副知事候補にまでなった俺の栄華を知っていて、忖度しているのだ。」そんな思いが江尻の心の中に沸き上がった。
県の合同庁舎の前を歩いていると、若くして、地方振興局長として辣腕を振るっていた自分が懐かしく感じられた。
結局、派閥抗争に敗北し、副知事になることができなかった。
知事に外郭団体への天下りを勧められたが、江尻は、にべもなく断った。自由な仕事がしたかったのである。
数日後、新装なった福島県行政書士会館でADR研修を受けていると携帯電話が鳴った。
「江尻先生、譲渡人の農地台帳上の名前と実際の名前が異なっていることがわかりました。結婚して、改姓したらしいです。」農業委員会の担当者の慌てたような声が携帯電話から聞こえた。
「だから、言ったろう。住民票が必要だと。じゃ、戸籍抄本と戸籍の附票が必要なんだな。」江尻は、威圧的に担当者の言葉に反応している自分に驚いた。
*この小説は完全なフィクションです。

2019/11/16